一井かずみ「恋するアイスクリーム」について

2020/12/21

 この文章は、COMITIA131で配布したフリーペーパー「平成少女マンガ夜話+」の一部です。少女マンガ夜話本編はこちら

(以下、「恋するアイスクリーム」の紹介)

 表題作は、オフィスラブを多く手がける作者の短編集『エクスタシー・トレード』の収録作の一つである。

 もともと、言動に芯がある男性を描くのが巧みな作者だが、この作品の男・市之瀬の語り口はとりわけ切れ味鋭い。外見で好かれることの多い彼は、女子との仲がこじれるたび女子集団から嫌がらせを受けたりプライバシーを侵害されていた。そんな彼は、恋愛は一対一でやるべきであり、徒党を組んで外堀を埋めたり秘密を暴いたりすることは卑劣だと考えるに至っている。同僚女子たちの指令により、彼のプライベートに探りを入れることになった主人公・入江珠希は複雑な思いで彼に接するが、市之瀬の辛辣な言葉に戸惑いを隠せない。

市之瀬「本来は当人同士の問題なのに 周りがやたら首突っ込んで 弱者と多数決の正義振りかざして 俺を悪者にする」

珠希  (今の 私たちのことだ…)


珠希   「でも 女の子だって一生懸命…」

市之瀬「俺を好きで一生懸命な女の子たちだから 集団で俺を屈服させようとすることも許されんの?

あんなの俺には 好意を盾にした暴力だ」

(pp. 69-70)

 ただ、誰もが市之瀬のように歯に衣着せぬ物言いができるわけではない。無愛想で率直すぎる人間が集団から排斥されないのは、それを許容する人たちがいるからだ。彼はそのこともきちんと理解して社会生活を送っている。

「俺みたいにブアイソで非社交的な人間が
会社なんて人の集まる場所でやっていけるのは

入江さんみたいに誰でも分け隔てなく気遣いをしてくれる人がいるからだと思ってるけど」

(p. 72)

  集団で行動したがる女子に嫌悪感を抱く市之瀬だが、決して人間全体や女性全体が嫌いなわけではなく、人が人を気遣うことの価値は認めている。彼は集団に迎合しているともいえる珠希のような人を、自分と考え方が違うというだけで毛嫌いはしない。

 二人は人間関係に関する真逆の考えを戦わせ、それでどちらかを言い負かすのではなく、自分の深いところに相手に通じ合う部分を見つけることになる。少女マンガ的な対話の作法を結晶化したような、とても美しい作品である。

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