欲望年表(3) 世界の手応え

2023/01/03

欲望年表(2)日常生活への不時着

続きです。


高校生(~10年代中ごろまで)

私は、実家周辺よりは少し栄えた街にある公立の高校へ進学した。そのころ東日本大震災も起こっていた。私の住んでいるところにも、風に流されて原発事故の影響が及んでいるということを耳にし、恐れはあった。ただ、巨大地震だの経済成長低下だの大噴火だの様々なリスクを耳にしてきた私は、また一つ未来を暗くする要因が増えてしまったと感じ、考えすぎるのをやめた。それか単純に自分の半径1メートル以内にしか関心がなかったのだろう。ゲーム制作や美少女ゲームを始めて以来、私はテレビや新聞をほとんど観なくなっていたし、現代社会に関係する本もある時期まではほとんど読まなかった。


ゲーム(PSP)(~高校卒業)

美少女ゲームの愛好は続いていた。しかし、中学の頃よりは余暇が取れなくなったせいか写経はひと段落しており、以前のような鬼気迫るプレイの仕方はしなくなっていた。

以下に主な作品名と制作元を挙げる。

  • 車輪の国、向日葵の少女(あかべぇそふとつぅ)
  • CHAOS;HEAD NOAH(ニトロプラス+5pb.)
  • メモリーズオフ ゆびきりの記憶(5pb.)
  • さかあがりハリケーン(戯画 販売:アルケミスト)
  • Love@once(Maid meets Cat)
  • 最果てのイマ(ザウス)
  • STEINS;GATE(ニトロプラス+5pb.)

ニトロプラスと5pb.(MAGES)が制作した「科学アドベンチャーシリーズ」に入っていったのは高校の中盤ごろだった。逆張りするわけではないが、ストーリーや伏線の巧みさではなく雰囲気だけなら私は『CHAOS;HEAD』のほうが好きだった。主人公の西條の冷笑的かつ自罰的な素振りは、2000年代後期のオタク(というか私)の心性を活写していたように思われた。

前掲の中でもあまり知る人はいないだろう『Love@once』(ラブアットワンス)は、欲望年表(2)で言及した『Φなる・あぷろーち2』と同じライター(三浦洋晃)がシナリオを書いていたのでプレイした。私はこの人の書く話と文章がかなり気に入ったらしかった。

私はこの時期、一作だけ乙女ゲームもやったことがある。現在もSwitchなどに移植され続ける名作、『死神と少女』(TAKUYO)である。これは主人公に立ち絵があったり一部声がついていたりすることもあり、あまり主人公と自分を重ねなくとも(女性自認の人でなくとも)入っていきやすい作品だ。たしか攻略順はほぼ固定であり、一つの長編小説のような感覚で楽しむことができた。あとOPの "Il Dio della Morte e La Fanciulla" はオペラの曲みたいで格好良い。

大学受験期にはさすがにゲームを新たに買うこともしなくなった。受験が終わったころにはゲームを再開しようとしたがあまり楽しむことができず、『ナルキッソス〜もしも明日があるなら〜』(ステージ☆なな 移植/販売:ホビボックス)を最後に、私の中でPSPにおける美少女ゲーム(ノベルゲーム)の時代は終わった。

受験期が終わって18歳になっていたので、大学入学前の休みに『Fate/stay night』のPC版で最初の1ルートをやった記憶がある。不思議とそこまで面白いとは思えなくなっており、残りのルートは大学に入った後、少し間が空いて受容された。


スマートフォンの登場('11~)

高校が家から遠いこともあって、両親に連絡用のスマートフォンを買ってもらった。それによって、メールや動画のストリーミング視聴など、PSPではできなかったことがいくつか可能になった。


同級生とのメール('11~13頃)

入学当時の高校は、ガラケーを持っている人が9割、スマートフォンが1割弱、残りはケータイを持たずという状況だった。私は入学後儀礼的にクラスの人と連絡先を交換したが、実際にやり取りをしていたのは3人もいなかったはずだ。

同級生とのメールに私は大層苦しんだ覚えがある。どの程度文面を整えればいいのか、絵文字や語末の処理はどうすればいいのか、まったく勝手がわからなかった。相手から送られる返答のすべてが私に対しての呆れと嘲笑を含んでいるような気がしたし、そう考えるとますます何も書くことができなくなった。この経験は、明らかに私をインターネット上の言葉のやり取りから遠ざける原因となった。

受験が本格化してくると、連絡を取り合うような用事もなくなり、メールを打つこともほぼ無くなった。ちなみに私がLINEを始めたのは高校を卒業した後だった。高校の間の人間関係を詳細には語らないが、その程度のものだったと想像していただければと思う。


アニメ視聴(11'前半?~)

PSPは動画のストリーミング再生には向かないハードだった(機能自体はあったのかもしれないが)。その点では、YouTubeアプリなどが早くから出ていたスマートフォンのほうが先を行っていた。

また、スマートフォンについて私の解明が進んだ頃になると、同LAN上のPCやそのPCが読んでいるディスクの動画を、スマートフォン上で再生できることが明らかになった。私は、この方法で寝転がりながらアニメを見始めた。

私が観たアニメは、次の3つに大別されると思う。

1.美少女ゲーム原作アニメ('00年代後半のもの)
この手のアニメの視聴は、PSPに移植されていなかった過去の美少女ゲーム作品を知るための手段だった。原作やアニメの評判を、2ちゃんねるや動画配信サイトで調べて手掛かりとしていた。私が選ぶのは2000年代後半のアニメが多かった。同時期には、PSPに移植されすでに私が知っていたゲームタイトルや、その関連作品がさかんにアニメ化されていたからだ。

この時期の美少女ゲーム原作アニメでは、原作の設定やキャラクターの言動を大きく変え、扇情的な場面を新たに追加することがよく行われていた。すると結果的に、私はアニメ化に際して改変された部分に目が行くようになった。例えば複数ヒロインを利用した三角関係、嫉妬、独占欲、現実の否認、自罰的な言動、刃物、流血、おとなしく受容的に見える人の爆発、喪失、離別。そういう要素を私は美少女ゲーム原作アニメの中に探すことになった。

記憶している限りではじめて観たのは、同名の美少女ゲームを元に制作された『Myself; Yourself』(2007)である。この作品もまた、原作にない設定や独自の展開を多数盛り込んでいた。詳細は別稿を期すが、精神的な傷や「ヤンデレ」の記号に対する関心が、このアニメの視聴で決定的になったように思われる。ブログ(後述)に、ある登場人物と自分の心情を重ねて色々書いたほどである。

他に当時観ていたもので、部分的にも似たような雰囲気を感じられた作品を挙げる。

  • SHUFFLE!(2005-2006)※2007に再構成版
  • 君が望む永遠(2003)
  • School Days(2007)
  • Canvas2 虹色のスケッチ(2005-2006)
  • Gift〜eternal rainbow〜(2006)
  • ef - a tale of memories(2007)

なおここに挙げた作品の中には、制作スタッフが何人か被っているものがある。鈴木雅詞、細田直人、高山カツヒコ、木宮茂などである。当時はアニメを作っている人たちの名前など一切気にしていなかったが、それでも特定の人々の作った作品群に同じものを判別できたのだとすると、作家論的な語り口も別に無効ではないのではという気がしてくる。面倒なので私はやる予定ないが。

そういえば、同人ゲームを原作とする『ひぐらしのなく頃に』のアニメも上の要素に当てはまりそうなものだが、なぜ視聴しなかったのかはわからない。刃傷沙汰があまりに強調された『School Days』がそこまでハマらなかったので、同じく刃物を構えたヒロインを知っていた同作にも乗り気になれなかったのだろうか。後述するように、私は刃傷沙汰そのものよりも、そこに至るような険悪な状況や精神状態の描写をこそ重視したのかもしれなかった。刃物と流血が見たいのであれば、最初から青年誌漫画のアニメ化などを追えばいいのだから。

2.少女漫画原作アニメ
大学時代に繋がる流れとして、これらを区別しておく。上のものと同時期くらいのアニメを探していると、少女漫画原作の作品にもいくつか触れることになった。『彼氏彼女の事情』('98-99)か、『フルーツバスケット』(2001)のどちらかを最初に見た。私は、この2作には上の美少女ゲーム原作アニメと似たものを感じ取った(見せ方はそこまで扇情的ではなかったが。また、奇しくもどちらも世紀末周辺の白泉社作品だ)。高校も後半になると、より少女漫画の成分が濃い『君に届け』(2009-10)も観ることができるようになった。

他には、『となりの怪物くん』(2012)などもたしか高校のうちに観た記憶がある。ただ、この作品の良さはのちに原作を読んではじめて感じることができた。

3.その他
これらに共通する傾向を見出すことは困難である。ただ、2007年か2008年で一応の線を引くことができるのではないかと考えている。というのも、その時期以降は、上記の「美少女ゲーム原作アニメ」的な要素を見せる作品が稀にしか見つけられなくなるからである。
また、ちょうどそのくらいの時期からアニメも16:9で制作されることが多くなったという話も聞く。このあたりに詳しい方いたら教えてください。

以下には覚えている限りのタイトルと、なぜ観ようと思ったのかも書いておく。

  • sola(2007)キャラデザがエロゲ界の人だったから
  • 灰羽連盟(2002)
  • 最終兵器彼女(2002)
  • ひとひら(2007)
  • 青い花(2009)
  • true tears(2008)あるキャラの噂を聞いて
  • Pandora Hearts(2009)
  • 日常(2011)
  • サーバントサービス(2013)
  • WORKING!!(2010-11)↑と同原作者だから
  • WHITE ALBUM(2009)美少女ゲーム原作だから(でも何か雰囲気違った)
  • H2O - FOOTPRINT IN THE SAND -(2008)同上、印象薄
  • ヨスガノソラ(2010)同上
  • 人類は衰退しました(2012)田中ロミオ原作だから
  • とらドラ(2008-2009)
  • あの花(2011)
  • まどマギ(2011)
  • 氷菓(2012)
  • 花咲くいろは(2011)
  • Fate/Zero(2011-2012)stay nightに関連して
  • ココロコネクト(2013)割とシビアな人間関係と聞いて(しかし記憶せず)
  • ニセコイ(2014)三角関係らしいと聞いて

印象に残っているのは、『ひとひら』、『true tears』、『人類は衰退しました』の回想編である。まどマギ、あの花などアニオタ以外の人も知るような名だたる名作は、一応「観た」と言える程度には観ていたが、あまり何かを受け取ることができなかったし、関連のコンテンツを追うこともなかった。また、京都アニメーションやP.A.Worksなどの制作会社で観ることはしていなかったようだ。

アニメに慣れてくると、日常、サーバントサービス、WORKING!!など、それまでからは想像もつかないようなゆるい作品にも手を出し始め、何かの作業をしながらわりと楽しんで観ていた。大勢としては暗い高校生活だったが、そういう安らいだ時間もあったことは覚えておきたい。


動画投稿サイト('11~)・アニソン('11前半?~'14頃)

当時の私は、YouTubeやニコニコ動画等の動画サイトは何らかの他のコンテンツの索引やスクラップブックのようなものだと考えており、動画サイトに何か独自の可能性を見ようとは思わなかった。深夜アニメの1話配信があれば観ることもあったし、過去のアニメやゲーム、同時代のアニメを紹介する動画には非常に世話になったが、当時全盛期だったらしいボーカロイドや、歌ってみた・演奏してみた等には一切の関心がなかった。

アニメを見始めていたので、動画配信サイトではよくアニソンを探して聴いていた。有名な「鳥の詩」を知ったのもこの頃だ(結局AIRクリアしていないが)。ただ曲にまで回すお金がなかったので、シングルやサウンドトラックを買ったことはほとんどなかった。橋本みゆき、eufonius、志方あきこ、Kalafina、いとうかなこなどの名前を憶えはしたが、その後特に動向をフォローしたわけではなかった。


小説執筆(部活動)('11半ば~高校卒業まで)

高校に入って、文芸部と呼ばれる部活に入った。ただ字面ほどまじめでお堅い部ではなく、実際はオタク趣味をもちクラスになじめない人たちがよく遊びに集まるだけの場所という感じだった。私もその条件には合致していたのだが、うまく部の雰囲気に馴染むことができなかった。このあたりの事情は別に何度か語ったことがあるが、改めて整理しておくと4つほど原因があった。

1 欲望年表(2)で述べたように遊びは個人でやるものという意識が強く、部室で何かするのは落ち着かなかった

2 家が遠いのでなるべく早く帰りたかった

3 人付き合い全般に割と緊張があった

4 同世代に人気があるコンテンツをほとんど知らなかった

4について。私のいた文芸部でよく聞いたのは、00年代半ば以来のジャンプ系作品やボカロ、音ゲー、BLなどの話が多かった。私は当時どれも全く分からなかった。PCエロゲに詳しい人もわずかにいたが(なぜ高校生が?)、私は最新のPCエロゲなどプレイできる環境がなかった。おしまいである。部室でコンテンツの話ができないなら、参加できる話題などほぼない。軽くクラスの人々の愚痴を共有する以外のときは、私はたいてい黙って座っているか、機を見て帰った。

それでも一応部に籍は置いていたため、部室には通わなかったが、3年間で数回、短い小説を書いて部誌に載せてもらった。それまで小説を完結させることが一度もできなかったのに、不思議なことに、部活で書いた小説はすべて締め切りまでには書き上がった。期限を設定すること、書きたいことを絞ることの有効さを私はここで学んだかもしれない。またスマホ入手によって、日常生活の中で浮かんだアイデアをその場でメモしたり、どこでもテキストファイルを手直しできるようになったのも大きかった(PSPはテキスト編集機能が弱かった)。

小説の内容は、別名義になるので詳らかにしないが、中学時代の経験を脚色しつつ書いた私小説風のものが多かった。舞台は基本的に現代日本で、主人公はたいてい中学生や高校生だった。ときに疑似科学だったり超能力的なギミックが入ることがあった。本当は壮大なファンタジーものを描きたいと思っていたのだが、まだヨーロッパ世界がベースのゲーム制作が進行中だったため、小説は現代に絞ろうと考えていたのだろうか。あるいは、自分しか題材にできるものがなかったのか。

自分以外の人に見せるために小説を書くとなると、私が意識する点は以前とは少し変わった。たとえ私小説だったとしても、読んだ人になんらかの疑問と予想とを持たせ、答えを提示するというクイズ的な娯楽要素を取り入れるべきだと思うようになっていた(そうではない作品もあったが)。こういう、自分のことを書きながらも読者に最低限のサービスをするという意識がのちの自虐に生きたとは思っている。

当時から就きたい職業など何もなかった私は、自分が小説を書けることを発見し、作家を目指そうかと考えた。そこで高2の頃だったか、高校生限定の文学賞があることを知って応募したことがある。結果は二次選考落ちだったと思う。一応意味が伝わる日本語が書けることは証明されたと思ったが、作家になるのはたぶん無理なのだろうとも思った。受験勉強を本格的に始めるころには、作家志望というのもある意味現実逃避なのだと考えるようになっていた。現実逃避もできなくて本当につぶれてしまうよりはましだったと今では思えるが。

ただ、森博嗣『小説家という職業』や三田誠広『深くておいしい小説の書き方』、高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』、ほかに小説の書き方を解説するWebサイトを読んでいた形跡があるあたり、割と自分なりに真剣に取り組もうとしていたのかもしれない。

部活に入っていたとき、他人から面と向かって短く感想をもらったことは2回ある。素直にうれしかった。ややもすると、高校生活で人と関わった中で一番いい記憶かもしれない。

高校を出ると、〆切が無くなったこともあったのか小説はほとんど書かなくなった。しかし表現の選択肢として持っておきたい気持ちだけは現在も残っている。


ゲーム制作(~'12以降徐々に減速)・ブログ('11頃前半?~'14)・HP('11半ば?~)

私は、いつだったかゲーム制作の進捗を書くブログを始めた(メールアドレスを持っていたということは、早くとも高校初期のはずだ)。おそらく、RPGツクール界隈の人たちがよくブログを書いていたことに倣ったのだろう。最初はFC2ブログだった。

そのブログには、自分のゲーム制作は現下どのような状況にあり、次に何をしなければならないのかを数か月に一回程度書いていたと思う。文芸部で小説を書くようになってからは、そのブログは書いている小説のことや、小説を書いた後の雑感なども含むようになった。

高校1年のとき、じつはゲーム制作のことを同級生の1人にだけ打ち明けていた。その同級生もPCやネットサービスに強く話題が合ったからだ。一時期はゲーム制作を手伝ってもらおうという話もあったが、進級でクラスが別になり、あまり話さなくなるとその計画も頓挫してしまった。私はだらだらとゲームを作り続けたが、一人に戻ってからは明らかにペースが落ちていた。ゲーム、アニメ、小説執筆も並行していたし、勉学の負担も増えていたので当然といえば当然である。

ブログは徐々に、高校生活で感じる鬱屈をぶつける場所になっていた。このブログのデータを消してしまったので詳細はわからないが、自分はとにかく同級生とうまくしゃべれないということを説明し、ときにはそんな自分を自分で道化にするということが行われた。これが後にTwitterで行われる自虐の端緒だったと思う。

また、ブログに遅れてHPを作った。そこでは部活で書き上げた小説をHTMLに流し込み公開していた。中学生のころよく読んでいた個人の小説サイトを、今度は自分が公開することになったわけである(この手の小説サイトの流行りは、もう高校の半ばには終わっていたような気もするが)。そういったサイトを検索するサーチエンジンにも登録を行った。稀に増えているアクセスカウンターを見るのは楽しかった。BBSに書き込みはなかったし、知り合いはできずリンクには何の名前もなかったが、満足だったので他には何もしなかった(メールアドレスは怖いので載せなかった)。

HPは小説を載せておくだけ載せておいてしばらく続いたが、ブログはTwitterでの自虐が本格化する受験期にはすでに更新されなくなっており、大学に入ったのち、新ブログ(現在のhesperas)と入れ替わる形で閉鎖された。


Twitter('11後半~)

ブログを始めて半年ほど経ったころ、最初のアカウントを登録した。すでにブログに慣れていた私は、Twitterに書くことなどあるのか半信半疑だった。しかし、私はすぐにTwitterの面白さに気づいた。当時は様々な場所から名言を拾ってきたbotや、自己啓発的な箴言を定期的に投稿するアカウントが目立ち、私はすぐにそれらのツイートの収集に躍起になった。中島義道botを知ったのもTwitterを始めて間もない頃だ。

私はTwitterで最初から自虐をしているわけではなかったが、毒のある独り言を繰り返してはいたと思う。Twitterではブログよりもさらに赤裸々に、自分の劣等感を書いたり日々の気に入らない事柄を嘲笑したりしていた。

RPGツクール界隈の人たち(当時「ツクラー」と呼ばれていた)のアカウントもいくつかあったのでフォローはしていたが、あまり注意を払っていなかったし、仲良くしようという気もなかった。ほとんど会話をしたことはなかったので、突然リプライで話しかけられて動転したこともある。ツクラーの人たちの中に喧嘩腰の人はおらず、挙動不審な私にも普通に対応してくれた。一回だけツクラーの人とSkypeの通話をしたこともあるが、その人の半生を1時間くらい聞いて終わった。あまり面白いとは思えなかったので、その後は通話の約束はしなかった。

また高校の半ば頃、私はRPGツクール関連とは別にもう一つアカウントを作った。そちらでは、とりあえず日々がつらいと投稿している人、自分は劣っていると自虐に走る人、厭世感のある投稿をしている人などをフォローした。相互フォローになった相手もいたが、基本的に会話はなかった(若干の例外はあったし、いいねやRTはたまに行われていた)。私はこのアカウントでは文をですます調に変え、自虐的なツイートを行っていた。明らかに「人間失格」読書の影響があった。このアカウントは、受験の最中から終わった後までの数か月の間に、日常の自虐から「自虐する自分を自虐すること」へと徐々にテーマを移していった。詳しくは『生き延びるための自虐』に書いたのでここでは繰り返さない。


小説(日本の近代文学ほか)('11~)

ここまでお読みの方ならわかると思うが、私はいわゆる文豪の作品、日本の近代文学の名作を全く読んでこなかった。しかし高校生はそれらに挑戦する程度の読解能力があるとみなされるから、私もまた様々な事情で、ときには強制的に、文豪の作品を初めて読むことになった。ここに挙げたもの以外も現代文などで読んでいるかもしれないが省略する。

芥川
調べ学習のような課題が学校で出た時に、私は芥川龍之介について何かを書けというグループにいたので、別に好きでもないが芥川の文庫本を読んだ記憶がある。内容はほとんど覚えていないが、「藪の中」は変わっていてよかったと思った。「河童」(?)はなにか怖かった。

太宰
「人間失格」を読書感想文のために読んだが、こちらはかなり食らっていたようで、インターネットで自虐する際の文体にも影響したと思う。太宰は青空文庫にもあったので、「斜陽」「女生徒」など他数作を読み、現代文の授業では「富嶽百景」が取り上げられた。

漱石
「こころ」の一部を現代文で読んだ後、自発的にその前後も読んだ。ほか「坊ちゃん」もなぜか読んだ気がするが、あまり面白くなかった。

武者小路実篤
「友情」が三角関係らしいと誰かから知って読んだ。わりと面白かった(主人公が空回りしているところとか)が、結末が友情なのかはよくわからなかった。男友達だと思える人がいなかったからだ。

また読書感想文のために、当時話題になっていた 綿矢りさ『蹴りたい背中』を読んだ記憶がある。いろいろ書いていたが、きっと自分でも何を書いているかわかっていなかった。続けて前作の『インストール』も読んだが、綿矢りさ熱はそれでいったん終わった。

当時の私は、上に挙げたようないわゆる文豪の作品をはじめて読んでいると人に言いたくなかった。なぜなら、本当に教養がある人ならば、そんな有名作品群は高校に入るまでに一通り読んでいるだろうという謎の前提があったからだ。最年少の芥川賞作家だった綿矢りさだって、太宰に影響受けてまーすとどこかで言ってたし。ということは小さいころから読んでたんだろう。どうせ私は、子どもだましのファンタジー小説と、世間の指弾の的だった美少女ゲームで育った無教養な高校生でしかないんだといじけていた(多方面に失礼)。こういういじけた気持ちがなければ、素直にハイカルチャー方面に進んでいたような気もする。

あとは、現代文の試験などを受けた時に、小説の問題文で良いものがあったら記録しておき、後でその小説を読むということをしていた。しかし、そうして読んだ作品で特に内容まで覚えているものはない。もし思い出したら追記したい。


ラノベ('13頃まで)

先に挙げたような古典を読むと、前から名前だけは聞いていた、野村美月「『文学少女』シリーズ」にも興味が出て、わりと良いペースで読んでいた気がする。なんといっても1巻目は「人間失格」が元ネタなのだから読むのは必然だっただろう。勢いで読ませるところも多かった気がするので記憶はあいまいだが、3巻だか4巻? を選んで作られた劇場版アニメ(2010年封切)は強く印象に残っている。ヒロインの一人が病室で対決するシーンのセリフは今でも思い出せる。身体のケアというものについて私のイメージが修正を迫られる最初の機会だったと思う。しかし原作の最終巻を読むころには飽きてしまっていて、多数ある外伝は読まなかった。

ラノベとしては他に、田中ロミオ『人類は衰退しました』の原作を買って読んでいたが、文字を読むのがだるくなり3巻あたりでやめてしまった。中断しすぎているが何かあったのだろうか。結局、ライトノベルを読むという習慣はその後の私にも根付かなかった。


フィクション以外の本('13前半?~)

大学入試には小論文を必要とするものもあったので、私は小論文のテーマ集のような参考書を買い求め、そこで勧められている新書などを読み始めた。フィクション以外の本を多く読むのは久しぶりで、受験勉強からの逃避の意味もあり、割と楽しかった。鷲田清一、内田樹などの著書がよく挙がっていたので読んだ。

なぜか東浩紀『動物化するポストモダン』も推奨されていたので読んだが、それまでの評論本の著者とはスタイルが明らかに違う気がした。突然美少女ゲームについて語り始めたときは、何だこの人……と思った。思えばこれがサブカル批評っぽいものとの出会いだったのだろう。当の本で挙がっていたゲームは当時の私がやったことある美少女ゲームより昔のものだったので一つもわからなかったし、ほかの固有名も特に深掘りはしなかったが、ポストモダン、リオタール、ジジェク、スローターダイク、シニシズム、ヘーゲルなどの語や人名をなんとなく記憶した。

ヨーロッパ世界ベースのRPGなどに興味をもっていたから、世界史の一部に関係する分野の本は自発的に読んだこともある。例えば西洋の人名の語源を解説する本などだ。ゲーム制作でカタカナ名との付き合いは長かったから、この手の本は楽しかったしキャラクター命名の参考にもなった。

倫理の授業が始まると、私は『ソクラテスの弁明』(中公クラシックス版)を読んだ。なんかソクラテスが死ぬ流れになったこと以外よくわからなかった。受験終了後、大学では哲学をやる部門に入ることになったので、木田元『反哲学入門』等を読んで備えようと思った(なぜそれを選んだ?)、その後に開いた藤沢令夫『プラトン入門』は、評判は良かった気がするが果たしてどこまでわかっていたのかは疑問だ。


マンガ('13半ば?~)

受験後、時間が有り余っていたので、Twitterでフォローする人が言及していたり、画像を見かけて出典を調べた漫画作品を読むようになった。といってもたなかのか『タビと道づれ』ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』くらいだったが、この2作品は私に後々まで影響した。

前者は、ニシムラという登場人物が叶うことのない恋情を述懐する場面のコマを見かけて知った。当時いろいろと事情があり恋愛の敗北主義を標榜したこともあった私は、この作品は読むべきだと直感した。読んでみると、物語の建付け自体は予想とは全く違っていたものの、色々と論点があり、後に私はいくつかのブログ記事を書くことになった。

後者を手に取った理由はよく覚えていない。誰かがTwitterで言及していたのだった気がする。私はそれまで漫画をあまり読んでいなかったが、それにしても変な作品だと思った。特に2巻後半の対話は禅問答のように思えて、私はまったく混乱してしまった。絵と文字は見えているのに、解釈できなかった。読むのが難しい漫画というものに私は初めて出会った。この読めない経験が私に、同じ漫画を繰り返し読むということを教え、漫画の解釈という次元を開いた。といっても、この作品について文章を書いたことはまだほとんどないのだが。

これらの経験があったためか、大学に入ってからは習慣的にマンガを探して読むようになった。


ヤンデレ的なものと世界を破壊する魔法

振り返ってみると、私は相変わらず、ゲームやアニメの中のヤンデレやメンヘラ表象にお熱だったように思われる(受験期はさすがに自粛していたが、その分Twitterを開いている時間が増えていた)。ただ補足しておくと、高校生の私は、実際に狂おしい恋愛ができるような相手を探したり、自傷したり自殺未遂をする人とつながろうとすることはなかった。インターネットはその道を開いていたにもかかわらずだ。無数の出会い系サイトや集団自殺の募集、挨拶代わりにODをするコミュニティ等があるのはなんとなく知っていたが、私はそういう場所には近づこうとしたことがなかった。

これはたんに人と言葉を交わすのが緊張するというのもあったし、傷やケガの実写画像は痛そうで見たくなかったからだ。私は、あくまでそれらの事象を二次元以下で、イメージとしてのみ用いたいと思った(そして私は現実に病んでいる人や死にたい人を意識的に支援する気はなかったため、たんに自分の利益しか考えていないということでもあった)。そのイメージを見る私自身は、死にたくも痛い思いをしたくもなかった。


また、ヤンデレ的な要素や険悪な関係描写に私が惹かれたのは、この年表全体を鑑みるなら、かつての「魔法への憧れ」と共通するところがあったのではないかと思える。つまりそういうものを含むコンテンツを受容することは、空想の世界において、世界のすべてを薙ぎ払う力を感じることだったのではないか。例えば美少女ゲーム原作アニメで改変を受けたキャラ達は、ほのぼのとしていたそれまでの画面や人間関係を、一瞬で不安と狂騒に満ちたものへと塗り替える(ように描かれる)。たとえ大げさな刃物など使わなくとも、彼ら*1はそれを(鍋や、糸電話や、メール送信や、一言の告白だけで)やり遂げる。彼らは刃物を振り回す殺人鬼どころではなく、強力な魔法使いである。たとえ意図して発動したものではなくとも、彼らの魔法には世界を揺るがす力がある。

私は彼らの用いる強力な魔法に憧れ、彼らとともに一瞬で世界をぶち壊すような全能感を空想の中で味わう。それは楽しいのだ。ブロックで築き上げた城を嬉々として破壊する子どものように。

高校生活中は、中学の部活のような目に見える身体的暴力はなかったが、軽蔑のし合いは確実にあった。表面上不和はないように皆振舞うが、それは私が不和ととられることをしないように気を張っていなければならないということでもあって、私はそれがすごく息苦しかった。どうしても顔見知りに対して回避的になったのはそういうわけだったが、他人を回避してもフラストレーションがなくなるわけではなかったし、軽蔑されているという感覚はなくならなかった。それは「全てをぶち壊したい」という気分になっていっただろう。

しかし、彼らが放った魔法で滅茶苦茶になったはずの世界は、完全に駄目になるわけではない。魔法の一閃の後もたいていの物語は終わらず、彼らは廃墟じみた関係の後処理に追われることになる。彼らの魔法は彼らの望んだようには世界を滅ぼせなかったし、彼らは世の大多数の人からすれば魔法使いなどではなく、無力にも駄々をこねる子どもだった。これは、小学校の頃に高度な魔法をいくつも習得していた私が、中学の生活ではまったく無力だと感じた過程に似ている。私はアニメの中で中学時代の挫折感を反芻していたのかもしれず、だからその手の物語が他人事に思えなかったのかもしれない。

キャラ達と一緒になってやりたい放題やろうとした視聴者の私だが、他方では、彼らの世界が完全に壊れてしまわなくてよかったとも思っている。もし魔法の後に何も残らなかったら(=物語がそこで終わったり、彼らの思い通りの結末になったら)、結果的に彼らが生き続ける場所もなくなってしまうからである。あるいは彼らは自分のほかの誰とも会うことができなくなるからである。私は、彼らが魔法使いではなくて、ただのちっぽけな人間でよかったとも思っている。そして私自身についても、魔法が使えないただの高校生であってもいいのだとも認め始めている。私は、思ったよりも耐久性があったアニメやゲームの世界を感じながら、無味乾燥でコピペしたかのような実生活を淡々と送る。ここに、どうして生身の人間との複雑な恋愛や心中や言い争いが入る余地があっただろう。すでに私はやりたい放題やっていて、それでも無事である世界に対して手応えを感じていたのだから。


文章への反応を信じた

この時期を振り返ると、私は「他人のことを考えて書くことをすれば、何らか返ってくるものはある」という信念をうまく得ることができていたのかもしれない。Twitterやブログ上では、どうせ無視されるとか誰も読まないとか嘯いていたが、アクセスカウンターやFav数の表示が増えたことの価値を信じていた。それだけの情報量でも反応は反応なので、逆に深読みしてしまうコメントはいらなかった。

文章を書く人と友達になれたらいいかもしれないとは思っていたが、いたらいたで同世代との付き合いのように緊張とマウントの取り合いで疲弊するのだろうとも思っていた。

自分には何もできないような気がしていたが、だとしたらインターネットで一生懸命に自虐する理由もないはずであり、やはり書くことで何らかの反応を得ることができると信じていたのだろうと思う。これも、アニメやゲームで疑似的な破壊を体験して得るのと同じ「手応え」であり、私が同世代やネットの人々との深い付き合いを回避しつつも生き抜けた事情の一つだったのだろう。



以上、全3回で私が触れてきたり興味を持ったコンテンツを振り返ってきた。もちろん、本来はこの後大学に入学してからも様々なコンテンツに触れ、人間関係をやったりやらなかったりし、ここで語られるよりは随分マシな状況になったり、最悪なことになったりするわけだが、それはもう少しその経験から距離を取れるようになってからにしたい。


今更注釈する必要もないとは思うが、この年表(?)には、意図的に排除されている事柄もある。一つは、R18の作品の中でも、主に性的な欲望を喚起するため作られたコンテンツへの言及だ。私は、この年表に書いたコンテンツとそれらを一応区別しようとしていた。それがどのような区別であったのかは、後ほど明かすことがあれば明かそうと思うが、性的な好みを言ったり言わなかったりすることによって意図せぬ含意が生まれるのも面倒なので、説明しないかもしれない。私には、私自身に関する情報の中で他人と共有したいものを選び出す権利がある。人を陥れるためにそうしたのでもないかぎり、その選出について説明を行う義務もとくにないだろう。

もう一つは私のまわりの人間模様についての具体的な説明だ。いくつかぼかして言及したものもあるが、他人の発言などをそのまま使うなら私だけの問題ではなくなるから、許可をとらなければ無理だ。そもそも、具体的に場面を再現したところで私や当時私の周囲のいた人への不利益になる可能性が高い。したがってそのまま語ることはない。



*1  ここで、「彼ら」とするのは、アニメ版で過激に改変されたりするのは何も女性として描かれるキャラクターだけではないからだ。ところでヤンデレや狂気的なものといえば女性キャラクターだと決めつけることに私は強く反対する。そのような決めつけと、女性は感情的になりやすいという決まり文句、男性の精神疾患者の軽視、恋愛で人を殺している男性の多さ等の関係を考えなくてはならない。またそういった問題圏で「魔法」という言葉を出すのならば、魔女と呼ばれてきた人たちの歴史も意識しないわけにはいかない。

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