『I♡』のMVとゴシック・アンド・ロリータ、あるいは地雷系

2023/10/11

 

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この記事で、『I♡』のMVに出てくる人物について「ゴシック・ロリータ風の衣装」と言ったが、話はそう単純でもないようなので書き留めておく。


日本では2000年代頃から注目され始めたゴシック・ロリータ(ゴシック・アンド・ロリータ、ゴスロリ)は様々な文脈が入り混じった結果注目されてきたスタイルであり、諸論者はその起源について未だ統一見解に至っていないようだ。ただ、ひとつのルーツとしてよく挙げられるのは「ゴス」というスタイルである。これは1980年代にイギリスで生まれたゴシック・ロックというジャンルに由来するらしい。例えば松谷創一郎『ギャルと不思議ちゃん論』269頁で詳しく書かれていた。

また、ググって出てきた記事には次のようなものがある。 

これを見ていると、一口にゴスというのもぜんぜん違うものが含まれていて混乱してくる。ただ中には19世紀後半のヴィクトリア朝の頃の喪服をモチーフとしていたものがあるのは確かなようだ。そういうものを確認した後だと、MVに映る要素には少しゴスの伝統から距離があるものも含まれるように思う。

例えば『I♡』のMVにあるレザーか合繊のようなバンドや、リベット付きチョーカーが喪服の伝統とは考えられないから、これは関係のあったどこかの音楽ジャンル(パンク?)から流れてきた要素なのだろう(日本においては、ゴスのスタイルの普及にはヴィジュアル系バンドが一役買ったと言われている)。また、胸元や肩の開き方も格式に則った形というよりは肌見せ自体を目的としたものに思え、やや露出面積が多めのスタイルとなっている。そして2000年代にゴスロリのアイコン的な意匠であったボンネットや頭のレースは着いていないし、髪型に関しても薄い髪色の縦ロールといった要素はない。もろもろの要素はカットされたり簡素化されたりして登場している。コウモリや十字架といったところに、『ドラキュラ伯爵』などゴシック小説の世界観の痕跡がわずかに見られる。

『I♡』のサウンドには金管楽器や社交ダンスめいたフレーズなどが用いられているので、うまいこと西洋要素を取り入れたところが、人物の衣装のデザインとも共通していたとも言えそうである。


ちなみにガチのゴシック・アンド・ロリータのアイテムは実用性とはかけ離れていることが多く、いざ着るとなると相当に手間や資金が必要であり、鍛錬が要りそうだ。また着用に際して、なぜゴスロリを着るのかという精神面が問われる(べきだ)とされているらしい。私のような知ったかぶりにはちょっと怖い世界だ。

ここで強調したいのは、単にゴスロリの服装を組み合わせて着ているだけではゴスロリとは見なされない傾向がある事である。ロリータの定義において述べた様にその精神こそが大切とされ、例え全身をゴスロリで固めていようともゴスロリの形だけを真似ていると見なされれば「コスロリ(ゴスロリのコスプレ)」と批判される対象となり得る。つまりモデルをそのまま真似るのではなく、自らの意思を介在させて選択した服装がゴスロリだという事になる。

德山朋恵「ゴスロリが持ち得る臨床心理学的可能性」, 京都文教大学『臨床心理学部研究報告』 7, pp. 71-84, 2015 


私は、見た目には「地雷系」と呼ばれる近年のファッションと2000年代以降のゴスロリの違いが最初はよくわからなかった。しかし両者は見て比べてみるとずいぶん違う。佐々木チワワ『ぴえん系という病』で言われるところでは、地雷系ではツインテールかストレートハーフツインの髪型、バックルやベルトのディテールなどが好まれるそうだが、どれもゴスロリに必須ではないだろう。十字架や長袖が多いなど共通点もありそうだが。ただ地雷系では、パニエなどのゴスロリで用いられたヨーロッパの服飾伝統は全く見られず、現代の機能的な服らしくなっている(黒ければパーカーや大きなTシャツも有りだったりするようだ)。次のイラストなどを見ると、「I♡」の人物の見た目に近いのはむしろこちらか? などと思ってしまう。舌にピアス付けていたし。


同書では、20年代に入って歌舞伎町にいる女性の定番として知られた「地雷系」は、もともと2014~2015年頃に現れた「病み系」のファッションの派生だと言われている。この「病み系」は、「ロック、ゴシックなど原宿系の個性的ファッションスタイル」(これはゴスロリとは違うのだろうか?)と並行してオタク系女性の間で流行したという。


地雷系はゴスロリの現代アレンジだ、と言ってしまうことはおそらく的はずれなのだろう。しかし、「I♡」の中ではどちらともとれるような要素が混在している。この曲に共感する地雷系の人が、西洋モチーフの諸々(特にゴシック小説の世界観)に惹かれるものを感じることもあるのかもしれない。なんとなく、私の親族が突然思い立ってロンドンに旅行していた最近のことを思い出した。おそらくその人は歌舞伎町に興味はないし地雷系ではないのだが。あと紅茶が好きな人が私の知り合いには多い。他にも、少女漫画の吸血鬼キャラクター、枢やな『黒執事』や類似の世界観の乙女ゲーなどが定期的に人気を博す背景なども鑑みて、この国の一部の女性と英国文化の絆を見直してみてもいいのかもしれない。

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